2011年2月24日木曜日

?8鉄 夏の青春18きっぷ旅?)吾妻線、噂の現場を歩く

 JRの普通列車に限り、乗り放題の青春18きっぷ。各駅停車ならではの場所へ行こう! というわけで、青春18きっぷの旅の2回目は、上野から高崎線を北上した。目的地は吾妻線。群馬県渋川市と同吾妻郡嬬恋村を結ぶ路線だ。嬬恋村といえばレタスなど高原野菜で知られている。酷暑の夏、嬬恋村ならきっと涼しいだろうと期待した。

【写真:幻の駅弁、日本一短いトンネル、ダムに沈む温泉――青春18きっぷの旅】

 もう1つ吾妻線と言えば「日本一短い鉄道トンネル」も有名だ。このトンネルは、昨年の政権交代で話題になった「八ツ場ダム」の工事関連で廃線になる予定。今のうちに観ておきたい。

●青春18きっぷとは?

 「青春18きっぷ」はJRの企画きっぷで、JR全線の普通列車(快速含む)の普通車自由席とJR西日本宮島フェリーに1日乗り放題になる。特急や急行列車には乗れないが、普通列車のグリーン車自由席であれば、グリーン券を別途購入すれば乗車できる(ただし、中央ライナー、青梅ライナー、マリンライナーなどは除く)。

 1万1500円で5回使えるため、1枚あたりの値段は2300円ということになる。1人で5日(5回)使ってもいいし(利用日が連続している必要はない)、同一行程であれば5人グループで日帰り旅行に使ってもいい。2人で2日(2回)ずつ使って残り1回を1人で日帰り旅行、という使い方も可能だ。

 「青春18きっぷ」という名前だが、年齢制限はないので大人でも子どもでも利用可能。ただし、利用できるのは年に3シーズンのみ。2010年の利用期間(発売期間)は以下の通りだ。春は2月20日?3月31日(発売期間:3月1日?4月10日)、夏は2010年7月20日?9月10日(利用期間:2010年7月1日 ? 8月31日)。2010年冬の利用期間は8月末現在まだ発表されていない。【編集部】

●始発列車で高崎へ。幻の駅弁を食べる

 普段の休日は昼まで寝ている父が、ゴルフに行く日はとっても早起きだった。朝寝が大好きだった私は、そんな父を不思議に思った。しかし、自分がその父の歳になって分かった。自分が好きなことのためなら早寝早起きが苦にならないんだなぁ。それだけ遊ぶ時間が貴重になったのかも……というわけで、朝4時に起きて始発列車に乗った。上野発05時13分の高崎線に乗ると、高崎駅到着は06時55分である。もっとも約1時間半の車中は居眠りの連続だったが、この居眠りもまた心地よい。

 一番列車に乗った理由は、吾妻線の運行本数が少ないから。途中下車して見物するなら、なるべく早めに現地入りしないと日帰りは不可能なのだ。そしてもう1つの理由は、高崎駅で販売される幻の駅弁、「上州の朝がゆ」を食べるため。おかゆの駅弁が買えるのはおそらく全国でここだけでだろう。朝だけ販売、しかも数量限定なので、日中の旅行者はまずお目にかかれない。だから幻の駅弁というわけだ。午前7時、改札の外で開いたばかりの駅弁屋さんで入手できた。

 吾妻線は上越線の渋川から分岐する路線だ。しかしほとんどの列車は上越線に乗り入れて高崎駅から発着する。次の吾妻線の列車は07時25分。駅弁は列車内で食べたいけれど、発車を待ちきれずにホームのベンチでいただいた。なにしろ出来たてのおかゆだから、時間をおけば冷めてしまう。箱を開くと発泡スチロールの容器におかゆ。栗と干しエビが載っているだけのシンプルな内容。小さなパックには梅ペーストと漬物と塩の小袋が入っている。まずはおかゆを頂く。エビの旨味がほんのりとご飯に移っている。そしておかゆに温められた栗の甘さも楽しい。栗とエビがなくなったところで梅ペーストを混ぜて、最後に塩を振りかける。よく見ると、おかゆにはシラスも炊き込んであって良い味。これで350円とは良心的だ。

●車窓から関東平野の境界を探そう

 高崎から渋川までの車窓が楽しい。そろそろ関東平野の北限で、遠くに山並みが見えてくる。車窓右側は、平野と空の間に、ちょっと霞んだ赤城山が横たわる。反対側、左の車窓に視点を変えると榛名山へと続く山たちだ。渋川から吾妻線に入ると、どんどん山が迫ってきて、広大な関東平野の端になる。

 吾妻線の運行回数はだいたい1時間に1本。日中の普通列車はほとんど長野原草津口駅で折り返し。午後は終点の1つ手前の万座?鹿沢口まで行くのだが、大前行きは4往復しかない。もちろん単線で、閑散としたローカル線という印象だ。しかし沿線には温泉が多く、上野から万座?鹿沢口行きの特急「草津」が乗り入れる。今回は青春18きっぷの旅だから、地元の人々と同じ普通列車で旅をする。朝の下り列車にも関わらず、地元の人々で満席。温泉地への通勤や、中学や高校へ通う若い人が多い。女学生のおしゃべりで賑やかだ。

 渋川から2つめ、金島駅の停車時間はちょっと長い。すれ違いの列車を待つからだ。後ろの席の女学生たちが歓声を上げる。反対側のホームに友達を見つけたようだ。彼女もこちらに気づいたようで、手を振っている。その娘がハッとするような美少女だった。もうすこし見ていたいと思っていたのに、上り列車に視野をふさがれてしまった。

 平野のフチってどんな様子なんだろう。車窓を眺めていると、ホームセンターを通り過ぎたあたりで水田が終わり、むくりと小山が並び始める。よ?し、ここを関東平野のフチに決定! 平野と山岳の境界は森林があったりして曖昧なところが多いけれど、吾妻線は見事に「平野の端っこ」を見せてくれた。

●吾妻川に沿う車窓の美しさ

 次の祖母島(うばじま)駅を過ぎ、トンネルを越えたら左側に席を移そう。ここから列車は吾妻川に沿って進む。吾妻川は利根川の支流で、群馬県と長野県の境に水源がある。曲がりくねった川で、線路に寄り添ったり離れたりを繰り返す。川幅が狭い谷川のため、水量が増大した場合は急流となって災害になると懸念された。そこでこの地に国家的事業「八ツ場ダム(やんばダム)」が立案された。

 岩島駅を過ぎると左手に真っ白なコンクリートの建造物が見える。これは吾妻線の新ルートの橋げただ。八ツ場ダムの建設に伴って、川原湯温泉駅付近が水没する予定のため、岩島駅から長野原草津口駅までのルートを変更する。その工事が着々と進んでいる。長野原温泉口駅の手前にも新しいコンクリート橋が見えた。八ツ場ダムは2009年の政権交代で話題になった「政争の地」。新政権が税金の無駄遣いだと工事中止を決めたところである。これに対して住民が反発していることも報じられた。ダム工事自体は中止されているけれど、付帯設備の鉄道と道路の工事は続いているという。

 私はただの乗り鉄であって、政治を語る知恵もないし勉強もしていない。だからダム建設の是非については何も言えない。しかし、線路が付け替えられるとなれば無視できない。今の姿を見ておきたいし、新ルートがどうなるかも知っておきたい。そこで、八ツ場ダム事業の広報施設「やんば館」を訪ねることにした。Webサイトの略地図などによると、「やんば館」の位置は長野原草津口駅と川原湯温泉駅のちょうど中間地点らしい。両駅の鉄道営業距離は5.9km。さてどうしよう。酷暑の夏、ここまで来ても気温は30度を超えていた。

●炎天下、6kmを歩こうと決める

 長野原草津口駅には「駅レンタカー」を呼び出す専用電話があった。レンタカーは良いアイデアかもしれない。「やんば館」へ行き、さらに「日本一短いトンネル」も巡るならタクシーより安いだろう。しかし。私は今「青春18きっぷの旅」をしているのだ。なんとなく“クルマに乗ったら負け”ではないかと思う。悩みつつ長野原草津口駅の駅前を眺める。有名温泉地の最寄り駅だけあって、立派なバスターミナルが併設されている。バス停というよりも「バスの駅」という趣だ。昭和の温泉観光ブームという言葉が浮かぶ。

 そのとき、心地よい風が吹いた。太陽は照りつけているけれど、風は涼しい。「この風が吹くなら歩こう」と歩き出した。吾妻線と吾妻川に挟まれたこの道、国道145号線はGoogleマップによると「日本ロマンチック街道」と書かれている。長野県上田市から栃木県宇都宮市まで連なるルートとのこと。そんな道路の愛称まで表記するなんて、Googleマップはおちゃめだ……。

 太陽に照りつけられ、木陰でほっとして……と繰り返しながら延々と歩いていく。留守宅の民家の番犬に吠えられたり、トラックが巻き上げる誇りにむせたり。途中、農産物直売所を見つけて、そこの自販機で冷たいお茶とスポーツドリンクを購入。のどを冷やしながら吾妻川を覗いてみると、重機が1台だけ動いていた。「湖底」の地ならしは細々と続いているようだ。直売所のおじさんに尋ねると、やんば館まであと1キロちょっととのこと。道路標識の隣に電光掲示板があり、気温「33度」を示していた。

●「やんば館」に到着。しかし新ルートは……

 Tシャツは汗で色が変わり、ジーパンまで搾れそうなほどの汗だく状態。それでも歩く。目的地があるから気力は続く。廃線になる予定の鉄橋で写真を撮れば、気分転換にもなった。道のりのほとんどが下り坂でよかった。やがて上空に高くて長いコンクリート橋が見えてきた。あれも確か、八ツ場ダム問題で報道されていた橋である。テレビで見たときは橋桁だけだったけれど、その後、工事が進んで道路部分が組み上がったようだ。

 この橋をくぐり抜けたところに「やんば館」があった。入り口のそばにこの地域の模型があって、ダムと今の集落の位置関係が分かる。吾妻線の新ルートも表示されていた。車窓から見えた橋を渡った線路は、そのままトンネルに入る。長いトンネルを出て新しい川原湯温泉駅に着くと、また長いトンネルに入る。そのトンネルを出ると長野原草津口の橋に出る。つまり、新しいルートはほとんどトンネルの中で、現在のように景色を楽しめそうになかった。私がここまで歩いたルートも水没する予定になっている。忠実な番犬が居た家も、気さくなおじさんが居た野菜直売所も水没予定地であった。

 「やんば館」の展示物はダム建設の構想や経緯のパネルが主だ。そこには予定地の人々の反対運動と和解、そして葛藤についても紹介されている。この建物は2階がある。その階段には「2階には展示物はありません」の貼り紙があった。それならなぜ2階建てなんだろう。いずれ水没する建物だというのに……。私はダムの是非を語る立場にないけれど、こういう無駄も反対派のツッコミどころかもしれない。

 ダム問題はともかくとして、「やんば館」の駐車場では地元の人々が市を開いていた。冷たい水に浸かっているトマトが50円。「沈んでいる方が甘いよ」と言われ、腕を突っ込んで取り出した。かじると確かに甘い。私の太ももより大きな夕顔が300円。カンピョウの原料だが、細かく切って豚バラ肉と炒めてもうまいそうだ。残念ながら、徒歩の旅人には持ち帰れない。

●さらに歩いて「日本一短いトンネル」へ

 冷たいトマトに元気をもらい、さらに歩き続けて川原湯温泉駅に到着した。「やんば館」の見学時間も含めて、1時間半も歩いたことになる。駅舎で15分ほど休憩して、また歩き出した。次の目的地は「日本でもっとも短い鉄道トンネル」だ。場所は川原湯温泉駅から約2km。照りつける太陽と流れ続ける汗。今、私の身体は郵便局のテーブルに置いてあるスポンジのようだ。

 今までの道より木陰が多く、ちょっとだけラクだ。このあたりは吾妻渓谷と呼ばれており、吾妻川沿いには遊歩道も整備されている。でもそこまで降りたら、また上ってこなくてはいけない。黙々と歩き続けること約25分。歩道に小さく「樽沢隧道(日本一短いトンネル)」の看板があった。見上げればそこには確かにトンネル。もうすこし歩くと同じ看板があって、振り返ればそこもトンネルの入り口がある。確かに短い。時刻表を調べると、20分後に列車が通りそうだ。歩道に用意されていたベンチで休憩しつつ、その時を待った。

 大変な思いでここまで来たというのに、電車はあっさり通り過ぎた。でも、電車1両より短いトンネルの姿を見られたから満足だ。

 さあ、駅に戻ろう。ここまでは下り坂。つまり帰りは上り坂。最後の踏ん張りどころだ。駅まで行かなければ帰れない。今日は炎天下を約10km歩いた。電車なら約10分のところを2時間も歩く。うーむ、これって「鉄道の旅」と言えるのか……? でも、歩いただけの満足感はあったから、良しとしよう。

 真夏の吾妻線もよかったけれど、読者の皆さんには紅葉の頃がオススメ。夏の青春18きっぷシーズンは終わってしまったが、10月には鉄道の日記念「乗り放題きっぷ」が発売される。1枚あたりの価格はちょっと高くなるが、内容はほとんど同じだ。なおJR東日本高崎支社は、来年7月から吾妻線などで新型ジョイフルトレイン「リゾートやまどり」を運行させる予定だ。

●今回の電車賃

JR 青春18きっぷ 2300円(1回分)

●著者プロフィール:杉山淳一

 肉食系鉄道ライター(魚介類が苦手)にして、前世からの鉄道好き。生まれて間もなく、近所を走っていた東急池上線の後をついていったという逸話あり。曰く「いつもそばを走ってたから、あれが親だと思った」

 コンピューター系出版社でゲーム雑誌の広告営業を経験した後、フリーライターとなる。オンライン対戦ゲーム、フリーウェア、PCテクニカルライティングなどデジタル系の記事を専門とし、日本初のEスポーツライターとしてオンライン対戦ゲーム競技を啓蒙する。

 趣味は日本全国の鉄道路線探訪で、現在の路線踏破率は約8割。著書は『もっと知ればさらに面白い鉄道雑学256(リイド社)』『知れば知るほどおもしろい鉄道雑学157(リイド社)』『A列車で行こう8 公式ガイドブック(エンターブレイン)』など。


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引用元:売買 不動産 | 大分市

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